羊文学【繊細と激情、神秘と日常が交わるバンドの魅力と曲紹介】

 2020年8月17日、少女のような繊細さと嵐のような激情を孕む一組のバンドのメジャーデビューが決定した。彼女たちの名は「羊文学」。そのオルタナティヴな表現力によって新たな時代の到来を告げる3ピースバンドである。ざらついたシューゲイザーサウンドと共に描かれる神秘的で儚い世界は、例えば私たちがかつて夏空を眺めた学校の屋上だったり、恋心に頭を悩ませた放課後だったり、新たな道へ進もうと前を向く冬の終わりの日だったりする。青春の渦中で私たちが抱いた悲しみや怒り、不安、焦燥感といった内省的な感情を、鋭敏な感性によって恐れることなく照らし出す。本稿では、そんな彼女たちの軌跡や儚くも人を掴んで離さない魅力に迫る。

 
 
 
 
 
この投稿をInstagramで見る
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

羊文学 Hitsujibungaku(@hitsujibungaku)がシェアした投稿

羊文学(ひつじぶんがく)とは

 2012年結成のオルタナティヴロックバンド「羊文学」は、卓越した表現力と確実な演奏力によって数多くのフェスやライブに出演し、着実に知名度を高めていった。2017年には現在の編成になり、初の全国流通CD『トンネルを抜けたら』をはじめとするEP4枚、フルアルバム1枚、配信シングル1枚をリリース。2020年8月には、独自のアーバンミュージックを醸し出すロックバンド「Suchmos」が設立したレーベル「F.C.L.S」からのメジャーデビューシングルとして『砂漠のきみへ / Girls』をデジタルリリースした。メンバー全員が20代前半であり、なおかつ現在の編成は今年で3年目であることを考えると、今後の活躍に期待を抱かずにはいられない。

メンバー

塩塚モエカ(Vo.Gt.)

 
 
 
 
 
この投稿をInstagramで見る
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

moeka shiotsuka(@hiz_s)がシェアした投稿

1996年7月3日生まれ。すべての楽曲の作詞作曲を担当する。

エンジェリックな歌声は、若者が抱くメランコリーな感情を鮮烈に歌い上げる。 

メインのギターはFenderのAmerican Vintage Jaguar。

河西ゆりか(Ba.)

 
 
 
 
 
この投稿をInstagramで見る
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

羊文学 Hitsujibungaku(@hitsujibungaku)がシェアした投稿

1997年12月24日生まれ。Twitterでのメンバー公募により、2017年に羊文学に加入。

卓越した演奏技術が奏でる滑らかなベースラインに加え、ヴェールを被せるようにして重なるコーラスは必聴。

メインのベースはmomoseのPB-Style。

フクダヒロア(Dr.)

 
 
 
 
 
この投稿をInstagramで見る
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

羊文学 Hitsujibungaku(@hitsujibungaku)がシェアした投稿

1997年9月14日生まれ。塩塚のスカウトにより、2015年11月に羊文学に加入。

元々は3ピースバンド「リーガルリリー」のサポートドラムとして活動していた。

低めのドラムセットから繰り出される絶対的なリズム感と繊細な表現力が際立つ。

バンド名の由来

 中学生の塩塚による、「英語でも日本語でも“羊”っていう言葉が入ってたらカッコいいような気がする!」という思い付きと、アイスランドのポストロックバンド「シガー・ロス」に着想を得た「文学的世界観」への憧れが、羊文学の始まりであった。塩塚は「適当なバンド名だからずっと変えたかった」とインタビューで明かしているが、個人的には「羊文学」以上に彼女たちの世界観を表現することが出来る言葉は無いように思う。

参考:《羊文学》にインタビュー!思い切って”素直な私たち”を表現した『ざわめき』【火曜日のプレイリスト】

羊文学の魅力

 このバンドの魅力は「二面性」である。例えば、ボーカルの塩塚は「繊細」な歌声で若者が胸の内に燻らせる「激情」を歌い上げる。また、「神秘」的で重厚な演奏に乗る歌詞は、青春時代やモラトリアムを題材とした、極めて「日常」的な内容のものが多い。「繊細」と「激情」、「神秘」と「日常」といった「相反する概念」が交わる場所、それこそが羊文学が生み出す世界であり、ファンの心を掴んで離さない最大の魅力であると言える。そんな羊文学の世界により多くの人を誘うべく、オススメのナンバーを4つ挙げ、それらの曲調や歌詞から伝わってくる羊文学の魅力を解説する。

羊文学のオススメ曲

①砂漠のきみへ / 羊文学

「わたしここにいるけど忘れて 一人で進んで」

 2020年8月19日にデジタルリリースされたメジャーデビューシングル『砂漠のきみへ / Girls』収録曲。優しく滑らかなベースライン、聴き心地の良いドラム、そして寂しげにこぼれ落ちるギターの音色と塩塚のボーカルは、広大な砂漠の中でただ一人佇む「きみ」の姿をありありと映し出す。最初は「砂漠を歩む友人への手紙」をテーマとした曲に聴こえるかもしれない。しかし、ここでいう「砂漠」は「東京」なのだと、塩塚は言う。砂漠で水を飲まなければならないように、東京で暮らすためには働かなければならない。両者に共通する「生きるための重み」に着目した塩塚は、もがいている人の存在をただ許し、見守ることの大切さを訴えている。アウトロのギターソロはとても開放的で、様々な人間の価値観が飛び交い、生き方が左右される現代社会–––ここでいう「砂漠」–––から抜け出した「きみ」の自由な姿を想起させる。

②ロマンス / 羊文学 

「女の子はいつだって無敵だよ」

 2019年7月3日発売の3rd EP『きらめき』収録曲。上記の『砂漠のきみへ』からは一転、イントロの弾むようなギターリフと元気いっぱいなサビが特徴的なこの曲は、「想い人を追いかける女の子の一夏」を描いたポップなナンバー…と思いきや、実はストーカーの女の子の心情を描いたものだったりする(塩塚のTwitterより)。「女の子はいつだって無敵だよ」という歌詞が特徴的だが、これは「自分を無敵だと思っていない女の子の自信の無さ」を表しているフレーズだと塩塚は言う。気丈に振る舞う女の子が内に秘める不安と狂気。ファズのかかった荒々しいギターや高音と低音を行き交うベース、突如として激しくなるドラムが飛び交う間奏からは、「女の子」という存在の不安定さが激情へと変貌する瞬間が垣間見える。「女の子」をテーマとした曲が並ぶ『きらめき』の中でも、一際異彩を放つ一曲である。

③Step / 羊文学

「壁にあいた穴くらいにしか 君の人生を変えてない」

 2017年10月4日発売の1st EP『トンネルを抜けたら』収録曲。塩塚の分岐点とも言える一曲だ。2016年12月に脱退した元メンバー わあこに対しての感情を原動力として制作されたこの曲からは、新たな場所へと一歩を踏み出す「きみ」と、その背中を押す「わたし」の対照的な姿が見て取れる。塩塚のマイナスな感情を鮮烈に歌い上げる従来の羊文学の楽曲とは打って変わって、人に寄り添う包容力のある楽曲となっている。うっすらとリバーブのかかったギターは時々揺らめきながらも淡々と刻まれ、それを包み込むようにして低音のベースラインと乾いたスネアの音が響く。間奏からCメロにかけては突如としてギターに強いファズがかかり、唸るようなギターソロが始まる。「きみ」の背中を押そうとする自分と、引き留めようとする自分のせめぎ合い。そして無情にも流れる時間。少女が大人になるまでの「揺らぎ」を、見事に表現した一曲となっている。

まとめ

 私たちは、羊文学が作り出す神秘的な世界の中に、友と笑い合ったかつての日常を見ることが出来る。胸がちくりと痛むような思い出の中へと、一緒に飛び込んでくれる。時には繊細な少女のように笑いかけ、また時には激情を伴って私たちの胸の内に流れ込んでくる。色鮮やかな感情を伴った彼女たちの音楽は、「文学」並の情報量とも言えるだろう。わずか3年で独自の世界観を生み出し、今日まで成長し続ける彼女たちの更なる展望が非常に楽しみだ。

最新情報をチェックしよう!